自衛隊機に、ニアミス同然の接近

ベトナム漁船を沈没させる

紛争地域での勝手な石油掘削

フィリピンの抗議など完全無視して、珊瑚礁に空港建設

等々。

 

凶暴な暴力装置を備えた、粗暴な暴力団国家が隣に出現した。

 

韓国は、伝統的な従属意識もあり、中国の魔手に翻弄されつつある。 (281)

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サイコパスとというのは、平気で嘘をつく人ということらしい。

隣国の中国にも、サイコパスはうんといますね。

 

習がプーチンと会談して、「戦後秩序を守る」とぶち上げた。その一方、東シナ海や南シナ海では、侵略的意図を隠そうともせず、領有権を主張している。

 

海上自衛艦にレーザー照射したのに、「日本の捏造だ」と言う。

サイバーテロを行った五人を指名手配したら、「アメリカの捏造だ」と言う。

 

この矛盾した態度こそ、サイコパスたるゆえんであろう。 (180)

憲法解釈を変えるというのは、本来は好ましくない。仕方なしの次善の策である。憲法改正は、50年以上も前に実行されているべきであった。社会党だの共産党だの、愚者集団により抵抗され、未だに改正されていないのは残念でならない。

 

人の輪で国会議事堂を取り巻いて、その次はどうするというのか。何の具体策もなく、観念的平和論に浸っている馬鹿どもが、日本の平和と安全の妨げになっていることを、この馬鹿どもは分っているのか。

 

九条があるから平和を保てるのではない。断乎とした平和をまもろうとする意思が、平和を守るのだ。 (186)

ベトナムの反中デモに対する中国の反応は、「よく言うよ」といったところ。デモを激烈な調子で口汚くののしって、武力による脅しをかけている。

 

「デモを、政府が取り締まらず黙認している」

「賠償を請求する」

「ベトナムの如き小国が、中国の如き大国にすることか」

「ベトナムは墓穴を掘った」

等々。

 

何年か前の、中国の反日デモはどうした。

政府が黙認して、賠償は払わず、日本の如き文明国に中国の如き野蛮国が。等々、その言葉は、そっくり中国にお返ししたい。

 

中国は、ベトナムを挑発し武力による解決を一挙に成し遂げようとしているに違いない。尖閣諸島が、その二の舞にならぬよう、対策は焦眉の急である。 (192)

中国帝国主義の脅威が現実のものとなってきた。かつて、中国の歴代指導者は、「中国は覇権を求めない」と繰り返し明言してきた。

 

しかし、今やそれは昔話となってしまった。軍事費の着実な増加の累積で、今や、中国は、手を付けられないほどの軍事大国となった。

 

南シナ海において、他国の玄関先まで踏み込む形で、領有権を主張している。その根拠は、極めて薄弱で恣意的である。

中国を話し合いで説得することは難しいであろう。ならば、中国の侵略を阻止すべく、万全の体制で臨むしかない。万一、侵略があった時は、手痛い反撃を味あわせるしかない。 (196)

「日本人は好きだが、日本政府は嫌い」とは、よく中国人が口にする言葉だ。しかし、それはおかしい。なぜなら、日本は民主主義国であり、日本政府を選んだのは、日本人だから。

 

それよりも、「中国人は好きだが、中国政府は嫌い」というのは正しい。なぜなら、中国には民主主義はなく、国民は政府の体制を選べない。共産党独裁であり、国民のささやかな望みすらも懲役4年の刑をもって報いる政府である。

 

来日する中国人には、日本の全てを見てもらい、彼我の違いを十分認識してほしい。それが、やがて共産党政権の崩壊につながる。

  (275)

この度の海難事故で、韓国は世界中に恥を曝すこととなった。

 

遺族の悲しみは分るが、いい大人が、地面に倒れ伏して泣き喚く様子は、見苦しい。

真っ先に逃げ出した船長を非難する。

大統領の謝罪が、本当の謝罪になっていないと非難する。

大統領が、霊前で献花すれば、ポーズだと非難する。

 

一体、どうすれは良いのか。

もう、いい加減に他人のせいにするのはやめたらどうか。

 

この度の呆れ返るほどの出鱈目さは、韓国民一人ひとりが、これまで考え実行してきた事の集大成ではないのか。

 

根拠のない日本海を東海と呼ばせる空しい運動より、また、根拠のない慰安婦の強制連行を糾弾する空しい運動より、現実の韓国民の安全の方が、どれだけ大切か分らないのか。

  (257)

巨大な地球環境に対する針の先程にも満たない努力をしています。生ゴミの野菜くずをマンションのベランダで処理するのです

様々な野菜くずを細かく切り、植木鉢のトレイにいれて天日にさらします。ものによっては半日でカラカラになります。雨の日は室内にいれますが、少しずつでも乾燥していきます。

 

その心は、少しでもゴミのカサと重量を減らし、運搬する自動車の負担を軽減させたいのです。まことにささやかな努力ですが、たとえ自分ひとりでも、やらないよりはマシです。

 

自分は、この地球のお蔭でこれまで生きてきましたが、将来の子供・孫にも少しでも良い環境の地球を引き継ぎたいのです。 (287)

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